いわき 北茨城 五浦 

朝の4時に千葉を出発し、早朝にいわき到着、南下しながら旧跡をめぐり、時計は午後二時。北茨城市で十石堀の場所を探してうろうろしているとき、場所を教えてもらった年配のおじさんと話が膨らんだ。ふと、

おじさん「もうすぐサイレンなるよ、黙祷なんだ」

私「あ!、すっかりわすれてました!今日でした!」←3.11、14時46分。本当にぶらっと来たのでした。しばしおじさんと二人で黙祷。

おじさん「黙祷もうおわったかな、もういいよ、塩屋岬、あそこはいったかい?」

私「さっき行ってきましたよ。」

おじさん「美空ひばりの詩で有名な塩屋岬、不思議なことにあそこだけ津波を逃れて北側の町は全滅。美空ひばりは塩屋岬に実際来たわけではないらしくて温泉まで来たんだって話だね。」

朝方撮った塩屋岬↓

そして塩屋岬の北に位置する、津波に飲まれた薄磯海岸↓。護岸は整備されていますが、内陸に家はあまりなく整地されていました。

おじさん「まだひとりあがらないんだよね」

私「・・・」

おじさん「ほかはどこまわったの」

私「アクアマリンふくしまや、小名浜の湊、勿来の関、五浦海岸の岡倉天心の美術館に行ってきました。小名浜港が艦船を沈めて港湾を作ったというのをはじめて知りました。湊はきれいで、船も新しくきれいでした。」

おじさん「湊も船も、津波で全部やられて、最初からぜんぶやりなおしたんだよ、護岸整備も進んで、高い堤防ができて景色は悪くなったけどね。」

私(だから湊が新しく美しく見えたのか、と今更ガッテン)

三崎公園 人懐こい猫がいっぱいいた。

おじさん「五浦海岸の六角堂には行ったの?」

私「六角堂は入り口や駐車場がわからず、五浦の公園から遠望しました。温泉がとても良かった。」

おじさん「六角堂は今は茨城大学が管理してるんだよ、入れるんだよ。」

http://rokkakudo.izura.ibaraki.ac.jp/ ←帰って調べるとココが入り口だった~

横山大観さんは広島の酒を愛飲されました。酔心という銘柄。ここ五浦へ広島の酒を運んでコピリンココピリンコとやりながら名作を描かれたのだろう、と妄想。

岡倉天心さんは、東京美術学校初代校長でした。ざっくりいうと校長をやめ、仲間と茨城の五浦に拠点を構え、作品を作り続けました。彼らによって、院展で知られる日本美術院が創設されます。その仲間たるや、横山大観、下村観山、菱田春草、木村武山などそうそうたるメンバー。

過激な日本画改革論者であった岡倉天心には反対者も多く、1898年(明治31年)、岡倉は反対派に追われるように東京美術学校校長を辞任した(反対派のまいた怪文書が原因だったとされる)。当時、美校の教師をしていた春草や大観、観山も天心と行動を共にして美校を去り、在野の美術団体である日本美術院の創設に参加した。wikipedia 菱田春草より引用

横山大観 秩父霊峰春暁 wikipediaより引用
菱田春草 黒き猫 wikipediaより引用

「日展」は「文部省美術展覧会」文展から帝展、新文展、日展へ。

「二科展」上記、文部省展覧会に不満を持った人が作った在野団体。

「院展」日本美術院(上記五浦の岡倉天心、横山大観らが創設)が主催。

春の院展 3月25日(水)-4月6日(月) 日本橋三越本店本館7階催物会場

日展が官製で、二科展と院展は在野、しらなかった~。

復興の話、豊田市長(現北茨城市市長)が頑張って国からお金引っ張ってきた話、東日本大震災の津波の前から毎年訓練していること、抜打ちの訓練があってポケベルを持たされていること、などおもしろかった、おっちゃんお話ありがとう!こういう面白いおじさんに現地で情報をもらって、家に帰って復習するのが旅の面白さだなと思います。予定を多少崩しても、現地ですすめられた場所に行ってみるのが楽しいです。そのおっちゃん、元市役所の方で、だからポケベル持たされてね、って最後の方で明かしてくれた。

いわき 北茨城 五浦 」への4件のフィードバック

  1. 良い旅をされていますね。
    現地の方の情報ほど宝の詰まった箱はありませんね。
    家に帰ってからの復習で、廻り損ねた場所を発見して悶えたり、それがまた楽しくもありで旅はやめられません(笑)

    いいね: 1人

    1. いつもコメントありがとうございます。
      細大漏らさぬ最大公約数のガイドに、きらびやかに彩られた表向きの話を聞くのは、教科書的で存外に味気ないものです。
      素人目線で、経験、好き嫌いに基づいた、多少毒気のある情報もありがたいものです。
      私の爺さんもオヤジも宮島の住人でしたから、宮島のどこそこの坊主が人妻に手を出すクソ坊主であったとか、
      あそこ一帯はB地区であるとか、こっちは遊郭であったとか、宮島観光協会が眉をひそめるような情報を教えてくれます。
      それで宮島が嫌いになるかというと逆で、ますます好きになりました。

      いいね: 1人

  2. 地元の方と良い時間を過ごされましたね。
    震災の記憶が遠くなったような気がします。
    最近やっと常磐線が完全開通したと聞きましたが
    まだ復興途上なんですよね。

    いいね: 1人

    1. コメントありがとうございます。
      復興庁の記載によると2021.3を目処としているそうです。護岸工事も至るところで認められました。
      日常忘れてしまっていましたが、地道な復興はまだ続いていますね。
      記憶を必要な分だけ強く留めている感じがしました。
      むしろ、こんなに復興したという誇りを感じました。前向きなおっちゃんでした。

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